第一話 俺たちの入学式

 このところ晴れ続きであり、遂に今日入学式でも快晴だった。空も青、木々も緑で、胸踊る春である。
 俺は『南啓祐』。今日から『仏が丘高校』、通称『ブッコー』の一年生だ。
「んじゃ、行ってくる」
「おーす」
 いつもならば、親父の方が家を出るのが早いのだが、今日は親父も入学式に出席するので、俺の方が早く出た。
 俺の家族は、親父、母親、双子の妹『舞』……のはずだった。
 丁度俺が一歳になった頃に、両親は離婚しているのだ。その際、俺が親父に、舞が母親に引き取られ、今日に至る。
 普通、両親が離婚した場合でも、月に一回くらいは離れた側の親兄弟と会う機会を設けるだろう。ところが、俺の家庭に至ってはそれが一度もない。親父は、母親と連絡がとれなくなった、と言う。
 幼い時は、母親や妹の舞に会いたい気持ちが多かったが、それも段々薄まり、今ではどうでもよい感じになっている。
 俺は玄関を出、伸びをした。朝日が眩しい。
「うっす、啓祐」
 そんな俺に声を掛けたのは、幼馴染みの『花形陽一』。
「おう、陽一」
 俺たちは互いに挨拶を交わし、仏が丘高校へ……行く前に、
『ピンポーン』
 向かいの家のチャイムを押した。中から少し騒がしい音がし、間もなく
「お早う」
 舌っ足らずな声で、もう一人の幼馴染み『小野寺美里』が顔を出した。
 決してよいとは言えない家庭環境で育った俺が、大した不満もなく思えるのは、恐らくこの二人のお陰だと思う。
 十六年前の四月に花形家で陽一が、五月にはその隣の小野寺家で美里、そして六月にはさらにその向かいの南家で、俺と舞が生まれた。
 舞を除く俺たち三人の幼馴染みという関係は、生まれた時から始まったようなもので、それこそ兄弟のような俺たちだ。何かと陽一と美里がいてくれた。
 そんな俺たちが、幼稚園、小学、中学と同じ道を進み、そして高校も三人揃って同じところに入学することが出来た。
 陽一は中学時と違い、髪型をオールバック気味に固めている。それ以外は、高校も学ランなので大した変わりはない。
 一方美里は、相変わらず小柄で、ショートボブの髪型も健在だが、制服はセーラー服ではなく、ブレザーになっている。但し、襟だけセーラー服みたいで、実際のところブレザーかセーラー服かよく分からない。夏服だと、ほとんどセーラー服だ。しかし、一応ブレザーらしい。
 俺はというと、それこそ中学の時と変わっていない。髪形も陽一のように変えたわけでもなく、引き続き学ランだ。
 それにしても、男子学生が学ランで、女子学生がブレザーなんて、考えてみれば変な高校だ。普通、男子が学ランなら女子はセーラー服、女子がブレザーなら、男子だってブレザーだろう。俺たちが小さい頃は、この高校はセーラー服だったが、何時の間にかブレザーに変わっていた。
 仏が丘高校……仏が丘駅を中心とする商店街と、西の住宅街との境目の位置にある。駅からは徒歩一〇分程度、俺たちの家からは五分程度である。
 一学年四クラス、一クラス三五人。全校生徒数四二〇人。全日制普通科のみ。一般教室棟、特別教室棟、旧校舎に加え、新・旧体育館、武道館、そして食堂兼購買部やその他部室などで仏が丘高校を成している。ちなみにプールは新体育館内に設置され、冬は温水プールとなるらしい。
 校庭は、野球場・サッカー場・テニスコート等のある新校庭、3オン3用の小さなバスケットコート、陸上用具の揃った旧校庭の二つ。運動部は、テニス、水泳、陸上が強い。その他も強い部もあるが、特にこの三つが強い。
 校舎、校庭、体育館と、揃って新・旧と分けられているだけあって、歴史は古い。戦前からあると聞くので、創立五〇年は確実だ。親父の話によると、30年前までは男子校だったらしい。男子学生の制服がブレザーにならないのも、もしかするとこの事が関係しているからかも知れない。
 先のオリエンテーションで分かったことだが、俺たち三人は、見事にクラスがバラバラなのだ。俺は一組、美里が三組で、陽一が四組。
「啓ちゃんは、また部活に入らないの?」
 美里が聞いた。小さい時から俺を『啓ちゃん』、陽一を『陽ちゃん』と呼ぶのは、未だに変わらない。ちなみに自分のことは、これも子どもの頃からの癖か、『私』ではなく『美里』と言っている。
「まだ決めてねぇ。多分、また入らねぇと思うけどよ。美里はどうするんだ?」
「美里、バスケにしようかなって思ってるけど」
 と、小柄な身体で言う。ちなみに美里の身長は一五〇に満たない。それでも美里なら、例えバスケ部でも問題無いだろう。
「ふーん。陽一は?」
「俺もまだ決めてねぇよ。ま、運動部だろうな、入るとして」
 美里も陽一も、運動神経が抜群なのだ。スポーツなら、何をやらせても上達が早い。体育の成績は聞くまでもなく、二人揃ってトップ。中学では、陽一はバレー部、美里はソフトボール部に所属、それまで決して強くなかった部を、県大会まで進めた。もちろん、他の部員も強くなったのだろうが、やはり陽一や美里がいなければ、そうは行かなかっただろう。
 俺はと言うと、中学校では帰宅部。小学校では野球部に入っていたが……。その代わり、俺はバンドを組んでいた。中一の時に、クラスメイトの勧めで、始めたのがベース。『リトルビーンズ』というバンド名で、年に二、三回ほどライブをしていた。
 最後のライブは去年の十月で、その後は高校受験勉強に力を入れた。
 リトルビーンズのメンバー四人中、三人が仏が丘高校に入学したので、その連中を引き連れて、またバンドを組むのも悪くない。
「あれ、早紀ちゃんじゃねぇ?」
 と陽一が指差す方向に、長い髪の女の子が見える。
「早紀ちゃん」
 美里が声を掛け、彼女がこちらに気付いた。
 『原田早紀』。例のリトルビーンズのギタリストでもある。親父さんがギター講師ということもあって、女だてらにクソ上手い。ちなみに左ギター。
 俺たちが早紀と知り合ったのは、小学六年のとき。彼女が東京から転校してきて、美里のクラスに入ったのがきっかけだ。転校後、早紀の最初の友達が美里、ということだ。中学では、今度は俺と三年間も同じクラスだったりする。そのせいか……。
「おっ早ー、美里ちゃん、陽一君」
 予想はしていたが、俺の名を呼ばないのがいかにも早紀らしい。早紀とは、バンド以外では、仲が険悪というか、天敵というか……常に売り文句に買い文句というところだ。どうしてこんな関係になったのかは覚えていない。自然に、気が付いたらこんな変な関係になっていた。
 ちなみに早紀は二組。
 早紀と会ったのが学校のすぐ手前だったので、大した会話もなく、すぐに仏が丘高校に着いた。
 一般教室棟の一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生、そして昇降口に近い方から、一組、二組、三組、四組となっている。
「んじゃ」
 昇降口に一番近い一年一組が、俺のクラス。教室に入ると、すでに半分以上のクラスメイトが来ていた。地元の高校だけあって、知った顔が多い。このクラスで一番親しいのは、この男だろう。窓際の一番前の席で、初日から顔を伏せて眠りこけているこの男。
「よ、ジョニー」
 そいつの硬そうな長髪を掻き混ぜながら挨拶してみると、そいつは眠たそうな眼で顔をゆっくり上げた。
 本名を『一条新也』といい、通称は『条』と『新』で『ジョニー』。中学一年、三年時のクラスメイトであり、そしてバンド『リトルビーンズ』のドラマーでもある。
「む……啓祐か」
「何だよ、今日はやけに早いじゃん?」
「入学式だしな」
 ジョニーは、中学校では遅刻の常習犯だった。高校ではどうだろう。中学時代の最高記録は、六時間目終了後に遅刻しての登校。中学三年春季の記録だ。これには担任の先生も呆れて、笑うこと以外出来なかった。この事に関し、ジョニーはただ一言、「春眠、暁を覚えず」とコメント。
「……お前はよく遅刻しねぇな。今日は俺のが早かったけど」
「しゃぁない、あの家庭じゃ」
 そんなことを話していると、一人の女子生徒が入ってきた。もちろん、普通に入ってきたのだが、俺はその女子生徒に注目せざるをえなかった。いや、きっと俺だけがこんな反応をしたわけではないだろう。
 整った顔立ち、綺麗で艶やかなストレート・ロングヘア、大人びたプロポーション。テレビで見掛ける女優と並んでも見劣りしない容姿。どれをとっても欠点がないような、一言で言うと、美人。超弩級の美人。
 見ていると、窓際から三列目、前から五番目に座った。俺の二つ後ろの席だ。
 あの容姿で、俺と同級生なのだろうか。その辺の高校生にはないような、大人の色気が漂っている。
「すんげぇ綺麗なコだな、ジョニー」
「……挨拶して来っか」
 言うなり、ジョニーは立ち上がり、彼女のところに歩み寄った。
「お、おい……?」
 俺もついつられて一緒に行ってしまう。
 彼女に近付いたジョニーは、
「オーッス」
「あ、お早う。ホントに同じクラスなんだ」
「何だよ、そのホントにって」
 俺は真剣にコケた。
「ジョ、ジョニー?知り合いなんか……?」
「ああ、まぁな。こないだ知り合った、『嵐舞』さん」
 舞、という名に反応してしまった。妹と同じ名前に。
 尤も、『舞』なんて名前は、別に珍しくない。中学校にも二人程いた。
 第一、妹の姓は『滝井』だ。
「こいつ、『南啓祐』。このクラスじゃ、一番親しい悪友だ」
「……南君、よろしく」
 ジョニーの紹介があって、嵐さんが優しく微笑んでくれる。
「あ、どうも」
 どうも緊張してしまう。
「ちなみにランは、今月東京からこっちに引っ越してきたばっかりだって」
 と、ジョニー。
「……ラン?」
「ふふ、私のことよ」
 ジョニーの代わりに、嵐さんが答えた。
「私の名前、音読みすると『ランブ』になるでしょ?だから、『ラン』だって。こんなこと言われたのは初めてよ。でも、何か気に入っちゃった」
 と、嵐さんがにっこり微笑む。
「……それにしても、ラン。今日は違うんだな」
 唐突にジョニーが分からないことを言い出す。それに対して嵐さんは、
「ジョニー……」
 と、睨み付ける。俺には何のことかさっぱりだ。
 そこへ担任の水野先生がやって来た。禿げた、四〇過ぎくらいのオッサンである。
「入学式だ、みんな体育館へ行きなさい」

 入学式。俺は寝ていた。
『校長先生のお話』が始まって、五分と経たずに眠りに入った。あれは、聴いていると怠いが、子守歌としては最適だ。気が付けば、
「入学生代表、奥田翔」
 という声が聞こえ、続いて
「生徒、職員、起立」
 で、周りのみんなが立ち上がる。俺も慌てて立ち上がった。答辞が終わったところだった。
 入学式が終わり、体育館から退場した直後、
「南君」
 嵐さんから声がかかった。
「ん?」
「式、ずっと寝てたでしょう?」
「何だか退屈でさ」
 入学式が始まったのが十時で、ふと気が付いたら十一時半だったから、大体一時間半ほど寝ていたことになる。お陰で入学式が短くなった。
「退屈って……高校初日から、どういう神経してるの?起立って言われても一人だけ立たないし」
「え?俺、ちゃんと立ったぜ」
「最後の方だけ、でしょ」
 嵐さんが呆れた表情で笑う。
「はははは……」
「もう、普通は高校生活初日から、そんな気の抜けた人いないわよ」
「気が入ってるのなんか、入試で十分なんだよ。あの時は、さすがの俺も、テストが終わっても眠らなかったし、それどころか見直しまでしたんだぜ」
「あのね、それで普通なの。でも……南君って、トコトンマイペースなのね」
 と、嵐さんは呆れ半分、関心半分という笑顔になった。
「マイペースって言うか、集団行動があんまり好きじゃないんだよ、俺。そりゃまぁジョニーとか友達と一緒だったら、何にも気を使うこともないけど。今日みたいな入学式とか、いかにも集団行動っていうのは、堅苦しくて嫌だな。そもそも、縦関係が嫌いなんだよ。ンだから中学ンときも部活なんか入らなかったし」
 俺のその言葉に、嵐さんは何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言わなかった。
 
 教室に着くと、間もなく担任の水野先生が来て、早速高校生活最初のHRが始まった。
 HRの内容は、自己紹介だ。
 まず担任水野先生自らが自己紹介をした。担当教科は社会科現代社会、放課後は弓道部の顧問。年齢は四十二歳で、今年中学校に上がった息子がいるらしい。
 出席番号一番のジョニーは、
「ドーモ、一条新也です。出身は仏中でぇ……中学ンときはバンドを組んでまして、ドラムやってました。みなさん、よろしくお願いします」
 という自己紹介で、出席番号十七番の嵐さんは、
「嵐舞です。東京からやってきました。こっちに来たのは初めてなので、みなさん色々教えて下さい」
 といった体たらくだ。ちなみに俺は、
「南啓祐です。出身校は仏が丘中で、部活は……えー野良部だったけど、さっきの一条とバンド組んでて、パートはベースやってました」
 といったところだ。
 ところで、この一年一組には、俺にとってちょっと特別な女の子がいるのだ。出席番号三十四番、『横須賀麗子』ちゃん。
 彼女はジョニー同様中学一年と三年時のクラスメイトで、俺は『麗ちゃん』と呼んでいる。その麗ちゃんは、実は俺の意中の女性なのだ。大人しい性格で、物腰丁寧、運動や音楽はちょっと不得意とするところだが、努力家で、頭もいい。容姿もいい。話し掛けづらい雰囲気を持っているが、本人は誰とでも優しく接してくれる。
 そして大企業『YKコーポレーション』の社長令嬢ときたもんだ。はっきり言って、俺みたいなパッパラパーとは全然釣り合いが取れないのだが、好きにならずにいられない。
 自己紹介では、
「横須賀麗子です。仏が丘中学出身です。部活は美術部に入っていました。皆さん、一年間よろしくお願いします」
 芯の通った、正に鈴の音を転がすような声でそう言った。
 麗ちゃんの後の、出席番号三十五番の『渡瀬秀美』という女生徒が、最後だった。今日のHRはこれにて終了。……のはずだったのだが、
「南君」
「あい?」
 HR終了直前に、水野先生から声がかかった。
「副担任の関口先生が、職員室へ来て欲しいと言っていたので、帰る前に職員室へ行くように」
「えぇー?」
 思わず露骨に嫌な顔をしてしまった。
「『えぇ』じゃない」
「あーい……」
 最後の礼をし、HRは終わった。俺は最悪の気分で職員室へ向かおうと、帰り支度をしてから椅子から腰を上げた。
「何だよ啓祐、初日から呼び出しかぁ?」
 ジョニーが逸早く帰り支度を終え、俺のところに冷やかしに来た。
「うるさいな」
「ま、何だか知らねーけど、絞られてこい」
「うるさい」
 教室を出ると、今度は陽一と出くわした。
「お、啓祐。あのよ、俺、ちょっと部活の見学してから帰ろうと思うから、先に帰っていいぞ。美里もそうだって」
「ん、分かった」
 そこへ背後からジョニーが、
「陽一、啓祐な、初日から職員室に呼び出されてんだぜ。珍しいよなー」
 嬉しそうに言う。
「つっても、関口先生にだぞ」
 言ってやると、陽一は一瞬考え込んだが、次には
「……何だ、つまらん」
 本当につまらなそうな表情をした。
「ま、行ってくらぁ」
 今度こそ職員室に向かった。
 職員室は、中庭を挟んで第二校舎にある。第一校舎と第二校舎を結ぶ渡り廊下から中庭に目をやると、植木混じりの芝生に一直線のアスファルト道が通っている。
 第二校舎に入ると、正面に職員室の入り口があった。
「失礼しやんす」
 一礼をしてから職員室に入った。見回すと、目標の関口先生の姿はすぐに見付かった。
「ちわー、魅華倭哉(みかわや)ですぅ」
「おう、来たか」
 関口先生は、座ったままの姿勢でこちらに向き直った。職員室の椅子は、生徒用の椅子と違って、足が回る。俺はあのテの椅子に座ると回りたくなるのだ。尤も、今は立っているが。
「んで?」
「んで、じゃないだろう、啓祐。俺が今日の入学式の挨拶で何て言ったか、答えてみろ」
 その言葉で、呼ばれた理由が分かった。
「えー、毎度馬鹿馬鹿しい、とか」
「違う」
「種も仕掛けもございません、とか」
「俺は芸人じゃない」
「ラヴミ〜ィテンダァ〜……とか」
「いい加減にしろ」
「んじゃ、何歌ったんだ?」
「何も歌ってない!いいか啓祐」
 そこで俺は間髪入れず、
「教頭先生、この男は今日の入学式で校歌も国歌も歌わなかったらしいですぜ」
 俺の言葉に、教頭がこちらを睨む。
「啓祐」
「へいよ龍ちゃん」
「……学校では関口先生と呼べ」
 『関口龍司』、仏が丘高校の教師で、俺の副担任らしい。しかし実は俺の近所の兄ちゃんであり、俺は昔馴染みの呼び方で『龍ちゃん』と呼んでいる。歳は八つくらい離れていたはずだから、今は二十三、四歳くらいだ。尤も、近所といっても美里や陽一ほど近くはないが。
「入学式早々、居眠りコクなって言いたいんしょ?」
「……そうだ。全く、緊張感がないというか……」
「用はそんだけ?んじゃ、俺帰るぜ」
 俺が図々しくそう言うと、関口先生、改め龍ちゃんは何かを言おうとしたが、一度大きな溜め息を吐いてから手をヒラヒラさせ、
「あー、もう行っていい。お前には今更何を言っても無駄だしな」
「さっすが、分かってんじゃん」
「とっとと帰れ」
「ウィ。んじゃね、龍ちゃん」
 龍ちゃんの溜め息を背中で聞きながら、職員室を出た。
「んっ……」
 軽く伸びをする。やっと俺の高校初日が終わった。
 この後の予定は、当然帰宅。陽一や美里のように部活に入りたいわけでもないし、どこかに行くとか誰かに会うとか、そういう予定もない。
 校内は既に人気がなく、みんな帰ってしまったようだ。人気があるのは、俺の背後にある職員室くらいだろう。
 昇降口へ行くと、そこには嵐さんと早紀がいた。
「何やってんだ?」
 そう言えば、早紀は違うクラスなのに、何故嵐さんと一緒にいるのだろう?
「別に、あんた待ってたわけじゃないわよ」
 早紀がいつものように突っかかってくる。
「俺は何も言ってないぞ」
「ジョニーがね、上級生の人たちに連れて行かれたのよ」
 と、嵐さん。
「……あいつ、何やったの?」
「何って……ジョニーも悪いのよ、相手を挑発するようなこと言うから……」
 話が見えてこない。曇った表情の嵐さんに代わって、何事もなかったような表情の早紀が、
「ジョニーは挑発するつもりだったのよ。あいつもこいつも馬鹿だから」
「おい、こいつって……コラ、俺を指差すな。そもそも、原因は何だ?」
 俺は上履きから下履きの革靴に履き替えた。
「ランちゃんがね、先輩にぶつかって」
 ランちゃん……とは、やはり嵐さんのことだろう。
「したら先輩、ランちゃんに『どこ見てんだ!』って怒鳴って……そうしたらジョニーが、『おう、悪ィ。俺の顔に免じて許せ』って」
 誠にジョニーらしい。
「もともと喧嘩したかったのよ、ジョニーは。だからランちゃん、そんな顔しなくていいのよ」
「でも、相手五人くらいいたじゃない?」
 まだ嵐さんは心配そうな表情だ。
「何、相手は五人もいるのか!?急いで助けに行かなくちゃ!」
「啓祐、思いっ切り棒読みよ」
 早紀には、俺の魂胆はばれているらしく、襟元をぐっと捕まれた。
「啓祐、あんたベーシストなんだから、喧嘩はやめなさいって言ってるでしょ!ベース弾けなくなるわよ」
「んだからここ一年間、足技しか使ってないってば」
「私は喧嘩自体を止めろって言ってるの」
 相変わらず、音楽のことになると心配してくれる。
「だったら、まずジョニーを止めろよ」
「止められないわよ、連れて行かれたんだから」
「大体なぁ、俺個人としては、友達が困ってるときに、助けられないような……」
 俺のせりふを遮って、
「ジョニーは、全ッ然困ってないわよ。あんたは血の気多いだけでしょう。だから、ヤクザに喧嘩売っちゃうのよ」
「お陰でヤクザ屋さんと友達になれたじゃないか」
 それを聴いていた嵐さんが、酷く驚いた表情になった。
「そんなこともあったな」
 言ったのは俺ではない。ジョニーだった。
「何だ、終わっちまったのか」
「一分もかからなかったぜ。体育館裏まで歩いた方が時間かかったよ」
 ジョニーは、何事もなかったように、傷も服装の乱れもなく、背後にいた。
「ちぇ、早紀がいなかったら俺も参加したのに……って、大体どうして早紀がここにいるんだよ」
「いちゃ悪い?」
 早紀は相変わらず喧嘩腰である。
「いやぁ、早紀に会ったときに、ランが先輩とぶつかってな」
「ランちゃんもジョニーと一緒について行こうとするんだもん。私がいなかったら、ランちゃんも一緒に行ってたわ」
「ランが来てもよかったんだけどな」
「いいわけないでしょ、ランちゃんまで巻き込まれたらどうするの。ホンット、この人たちって馬鹿!」
 この人たちとは、俺も含むのだろう。
「ま、行こうかラン」
「あ、うん」
「……?お二人さんは、どこへ?」
 訊いてから、俺の質問が野暮と気付いた。
「ジョニーに、町案内頼んだのよ。南君も行く?」
「いい、いい」
「そう。それじゃ、また明日ね」
「じゃぁな、啓祐、早紀」
 ジョニーと嵐さんは、東門の方へ歩き出した。
「さて、俺たちも帰るか……」
「啓祐、あんたこの後どうするの?」
 と、早紀。不本意ながら家の方向が同じなので、一緒に帰る形になってしまう。
「糞して寝る、かな」
「下品」
「おっ、糞を馬鹿にしたな。排泄行為というのは……」
「あんたが下品って言ったの。で?」
「何か?」
「この後どうするの?」
 早紀がこう訊いてくる時は、何が目的なのか、大体見当が付く。
「言っておくけど、お前に作る飯はねぇえぞ」
「ケチ」
 予想通りだった。

トップに戻る  『趣味な』部屋に戻る  小説の表紙に戻る